昔の「普通の幸せ」は、今ではかなり高級な人生プランになっている

昔の日本には、ある種の「幸せな家庭」のイメージがありました。

こんな感じです。(イメージ図)

AIに調べてもらって手伝って書いてもらったけど

結婚して、子どもが2人いて、郊外に庭付きの一戸建てを建てる。
車を持ち、犬を飼い、休日には家族で出かける。
夫は会社で働き、妻は専業主婦として家庭を支える。

いわゆる、昭和後期から平成初期・中期にかけて、多くの日本人が思い描いていた「普通の中流家庭」です。

もちろん、当時の全員がその生活を実現していたわけではありません。
しかし少なくとも、昔はこのような家庭像に対して、

「まじめに働いていれば、いつかは届くかもしれない」

という現実味がありました。

ところが現在、この人生モデルをそのまま目指すのは、かなり難しくなっています。
むしろ、今ではもう「普通の幸せ」ではなく、かなり上位層向けの生活設計になっているのではないかと思うのです。

昔の「幸せな中流家庭」とは何だったのか

今回考えたい家庭像は、次のようなものです。

夫婦がいる。
子どもが2人いる。
妻は専業主婦。
郊外に庭付き一戸建てを持っている。
車を2台所有している。
犬などのペットを飼っている。
教育費や老後資金にも、ある程度の余裕がある。

これだけ見ると、昔のホームドラマや住宅広告に出てきそうな家庭です。

お父さんが会社から帰ってくる。
お母さんが夕飯を作っている。
子どもたちは家の中や庭で遊んでいる。
玄関先には犬がいる。
休日には車で家族旅行や買い物に出かける。

いかにも「普通の幸せ」という感じがします。

しかし、ここで大事なのは、これは本当に現在でも“普通”なのか、ということです。

「一億総中流」という時代があった

日本には、かつて「一億総中流」という言葉がありました。

これは、国民の多くが「自分は中流だ」と感じていた時代を表す言葉です。
特定の総理大臣が直接掲げた公式スローガンというより、高度経済成長を経て、多くの人が生活の豊かさを実感できるようになった時代の空気を表した言葉だと思います。

その背景には、池田勇人首相の「所得倍増計画」に代表されるような、経済成長を前提とした国づくりがありました。

給料が上がる。
家電が買える。
車が買える。
家を持てる。
子どもを育てられる。
老後もなんとかなる。

そういう未来を、多くの人が信じられた時代がありました。

その中で、「夢のマイホーム」や「一国一城の主」、自動車ならば「いつかはクラウン」

というスローガンや価値観が広がっていきました。

「夢のマイホーム」は、人生の成功モデルだった

昔の日本では、家を持つことには大きな意味がありました。

単に住む場所を手に入れるというだけではありません。
家を買うことは、社会人として一人前になった証でもありました。

特に男性にとっては、

「家族を養う」
「住宅ローンを組む」
「郊外に家を建てる」
「一家の大黒柱になる」

ということが、人生の成功モデルの一つでした。

まさに「一国一城の主」です。

住宅ローンを組み、長く働き、家族を支え、定年まで勤め上げる。
このモデルは、昔の日本社会ではかなり強い説得力を持っていました。

そして家を買うと、家電、家具、車、保険、教育、レジャーなど、多くの消費が生まれます。
つまり「マイホーム」は、個人の夢であると同時に、日本経済を支える大きな仕組みでもありました。

でも、今は前提が変わっている

問題は、今も同じ感覚で人生設計していいのか、ということです。

昔のモデルは、次のような前提の上に成り立っていました。

給料が年功序列で上がる。
正社員として長く働ける。
退職金が期待できる。
住宅ローンを長期で返せる。
専業主婦家庭でも生活できる。
子ども2人を育てられる。
老後は年金と退職金である程度なんとかなる。

しかし現在は、この前提がかなり崩れています。

給料は昔ほど自動的に上がりません。
物価は上がっています。
住宅価格も高いです。
教育費も重いです。
車の維持費もかかります。
社会保険料や税負担も軽くありません。
老後資金も自分で準備しなければならない時代です。

その状態で、昔と同じように、

「夫1人の収入で、専業主婦の妻と子ども2人を支え、家を買い、車を持ち、ペットも飼う」

という人生設計をするのは、かなり危険です。

1996年なら年収1000万円前後で見えていた

たとえば1996年ごろに、この家庭像を実現しようとした場合を考えてみます。

夫婦と子ども2人。
妻は専業主婦。
郊外の庭付き一戸建て。
車2台。
犬などのペット。
そして、ある程度の貯蓄や教育費の余裕もある。

この生活を夫1人の収入で支えるなら、当時はだいたい年収900万〜1200万円くらいが目安だったと思います。

中心で見るなら、年収1000万円前後です。

もちろん、1996年当時でも年収1000万円はかなり立派な収入です。
誰でも簡単に届く金額ではありません。

ただし当時は、まだ年功序列や終身雇用への期待が残っていました。
会社員として働き続ければ、収入が上がっていくという見込みもありました。
退職金や年金への信頼も、今よりは強かったと思います。

つまり、1996年の年収1000万円は、現在の年収1000万円よりも、かなり生活を支える力が強かったのです。

2026年現在なら年収2000万円級が必要になる

では、2026年現在で同じ生活を実現しようとすると、どうなるでしょうか。

私の感覚では、夫1人の収入でこの家庭像を「多少の余裕あり」で維持するには、だいたい

年収1800万〜2500万円

くらいが必要だと思います。

中心で見るなら、年収2000万円前後です。

なぜここまで上がるのか。

理由は、この家庭像にはお金のかかる要素がすべて入っているからです。

まず、家です。
郊外の庭付き一戸建てを買えば、住宅ローンが必要になります。
固定資産税もかかります。
家は買って終わりではなく、修繕費も必要です。

次に、子ども2人です。
食費、服、学校、習い事、塾、スマホ、進学費用。
子どもが大きくなるほど、教育費は重くなります。

そして車2台です。
車は購入費だけではありません。
ガソリン代、自動車税、保険、車検、修理費、駐車場代。
2台あれば、それだけ固定費も増えます。

さらにペットです。
犬を飼えば、フード代、病院代、ワクチン代、トリミング代などがかかります。
高齢になれば医療費も増えます。

そして最大の条件が、妻が専業主婦であることです。

共働きであれば、夫婦2人で家計を支えられます。
しかし専業主婦家庭では、基本的に夫1人の収入で生活全体を支えなければなりません。

住宅ローンも、教育費も、車も、ペットも、老後資金も、全部です。

そう考えると、現在の日本でこの生活を余裕を持って実現するには、年収2000万円前後が必要になるのは、決して大げさではないと思います。

2036年にはさらに高くなる可能性がある

では、10年後の2036年にはどうなるでしょうか。

未来のことなので正確にはわかりません。
ただ、物価、住宅費、教育費、社会保険料、車の維持費、老後資金などを考えると、昔のように生活が大きく楽になるとは考えにくいです。

仮に物価が年1〜3%程度上がり続けた場合、10年後には生活コストはかなり上がります。
特に、住宅、教育、エネルギー、食費、車関連費は、家計に大きく響きます。

そのため、2036年に同じ家庭像を実現するには、

年収2300万〜3300万円

くらい必要になる可能性があります。

中心で見るなら、年収2700万円前後です。

つまり、昔の「普通の幸せ」は、2026年時点では年収2000万円級。
2036年には、年収3000万円に近い生活設計になるかもしれません。

これはかなり厳しい現実です。

昔の普通は、今の上位層になった

ここで一番伝えたいのは、これです。

昔の「普通の中流家庭」は、今ではもう普通ではありません。

昔は、頑張れば届くかもしれないと思えた。
でも現在では、かなり高収入で、安定していて、将来リスクにも備えられる家庭でなければ難しい。

特に、

夫1人の収入。
妻は専業主婦。
子ども2人。
庭付き一戸建て。
車2台。
ペット。
教育費。
老後資金。

これを全部そろえるなら、今では明らかに上位層向けの生活です。

昔の感覚で「これくらい普通でしょ」と思ってしまうと、家計設計を大きく間違える可能性があります。

危ないのは「昔の普通」を今でも普通だと思うこと

この人生モデルそのものが悪いわけではありません。

家族がいて、家があって、犬がいて、車で出かける。
とても素敵な生活だと思います。

問題は、それを今でも「普通に働けば誰でも届く」と思ってしまうことです。

今の時代にこのモデルをそのまま目指すと、次のようなリスクがあります。

無理な住宅ローンを組んでしまう。
車の維持費を軽く見てしまう。
教育費を甘く見積もってしまう。
夫1人の収入に依存しすぎる。
昇給を前提に生活設計してしまう。
老後資金を後回しにしてしまう。
病気や失業などのリスクに弱くなる。

特に住宅ローンは大きいです。

「借りられる金額」と「安全に返せる金額」は違います。
銀行が貸してくれるからといって、そのローンが家計にとって安全とは限りません。

昔と同じ感覚で家を買うと、長期間にわたって家計が苦しくなる可能性があります。

今の時代は、固定費を小さくする方が強い

では、今の20代〜40代はどう考えればいいのでしょうか。

私は、昔のモデルをそのまま追うより、固定費を小さくして、選択肢を残す人生設計の方が大切だと思います。

たとえば、

家は買うか賃貸かを冷静に比較する。
買うとしても、無理なローンは組まない。
車は本当に2台必要か考える。
共働きを前提にするなら、家事育児も現実的に分担する。
子どもの人数は、家計と体力の両方で考える。
ペットを飼うなら、将来の医療費まで考える。
教育費と老後資金を同時に見る。
昇給を過信しない。
生活防衛資金を持つ。

つまり、今の時代は「大きく買う」よりも、「柔軟に動ける」ことの方が重要です。

家、車、保険、教育、ローン。
これらは一度大きく固定すると、簡単には変えられません。

だからこそ、昔の価値観に引っ張られすぎず、自分たちの収入と生活に合ったサイズを選ぶ必要があります。

幸せの形は一つではない

ここも大事です。

昔の中流家庭モデルだけが、幸せの正解ではありません。

結婚しない人生もあります。
子どもを持たない人生もあります。
賃貸で身軽に暮らす人生もあります。
車を持たない生活もあります。
共働きで協力する家庭もあります。
地方で生活費を抑える選択もあります。
小さな家で豊かに暮らす選択もあります。

昔の「標準」に自分を無理やり合わせる必要はありません。

むしろ、これからの時代は、自分たちに合った幸せの形を作る力が必要だと思います。

問題は、若者が甘えていることではない

よく、若い世代に対して、

「結婚しない」
「子どもを持たない」
「家を買わない」
「車を欲しがらない」
「夢がない」

と言われることがあります。

でも、本当にそうでしょうか。

多くの人は、夢がないのではなく、昔ながらの夢を見るための条件が厳しすぎるのだと思います。

結婚したい人はいる。
子どもが欲しい人もいる。
家族で穏やかに暮らしたい人もいる。
家を持ちたい人もいる。

でも、現実の家計を考えると簡単ではありません。

給料は大きく増えない。
物価は上がる。
税金や社会保険料は重い。
家は高い。
教育費も不安。
老後も不安。

この状況で、昔と同じ人生モデルを当然のように求められるのは、かなり厳しいことです。

「普通の幸せ」の値段が上がりすぎた

私は、今の日本の大きな問題はここにあると思います。

高級車が買えないとか、豪邸に住めないとか、海外旅行に何度も行けないとか、そういう話ではありません。

もっと基本的な話です。

結婚して、子どもを育てて、家を持って、家族で穏やかに暮らす。
その昔ながらの「普通の幸せ」の値段が、上がりすぎてしまったのです。

1996年なら、年収1000万円前後で見えていた生活。
2026年には、年収2000万円前後が必要になっている。
2036年には、年収3000万円近く必要になるかもしれない。

この変化は、かなり大きいです。

昔の「普通」は、今の「贅沢」になった。
昔の「中流」は、今の「上位層」になった。
昔の「家族の夢」は、今では多くの人にとって高い壁になった。

そう考えると、今の20代〜40代が慎重になるのは当然です。

最後に

30年ほど前、多くの日本人が思い描いていた「幸せな中流家庭」。

夫婦と子ども2人。
専業主婦の妻。
郊外の庭付き一戸建て。
車2台。
犬のいる暮らし。
休日には家族で出かける。

それは、昔の日本では「普通の幸せ」として語られていたかもしれません。

しかし現在、それを夫1人の収入で実現するには、年収2000万円前後が必要になる。
10年後には、さらに高くなる可能性もある。

これは、今の日本がそれだけ厳しい時代に入っているということだと思います。

だからこそ、私たちは昔の価値観をそのまま信じるのではなく、現実を見た上で人生設計をする必要があります。

昔の幸せを否定する必要はありません。
でも、昔の幸せを今でも普通に達成できると錯覚してはいけない。

これからの時代に必要なのは、誰かが決めた「普通の人生」をなぞることではなく、
自分たちの収入、働き方、家族観、地域、価値観に合った、無理のない幸せを設計することなのだと思います。